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札幌高等裁判所 昭和38年(ネ)256号 判決

控訴人 松山健三

被控訴人 唐原重信

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上・法律上の陳述、証拠の提出・援用、文書の成立に関する陳述は、左の記載するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

第一控訴代理人の陳述

(一)  (自白の撤回)原審において(原判決事実摘示中被告の認否参照)、控訴人が、訴外恵庭農業協同組合に対して控訴人の負担していた債務中金七〇万円を被控訴人が代位弁済した旨の被控訴人主張を認める旨自白したのは、事実に反し、かつ錯誤に基づくから、撤回する。

(二)  (契約解除主張の追加)(1)  控訴人は、原審において、昭和三六年一一月八日附契約解除の主張をしたのであるが、その効力を否定されたので、むしろ改めて農地法第三条の許可申請をなし、その許否を見ることとし、昭和三九年七月一〇日付同日到達の書面により、被控訴人に対し、同月二〇日午前一〇時恵庭町農業会に出頭して、右許可申請をなすように催告し、許可申請書に控訴人側の記入すべき事項を記入し、署名捺印をした書類を被控訴人に送付した。

(2)  これに対し、被控訴人からは、前に控訴人から乱暴されたから出頭しないとか、先ず抵当権を抹消すべきであるとかの申出があつた。控訴人は前記日時に前記場所に出頭し、被控訴人を待ち受けたが、結局会わずに帰つた。

(3)  従つて、農地法第三条の知事の許可を条件とする本件契約は、買受人である被控訴人の責に帰すべき事由によつて、不成就となつたものである。よつて控訴人は、昭和三九年八月三日の口頭弁論期日に被控訴代理人に到達した意思表示によつて、改めて契約を解除した。

(三)  (予備的主張の一)(1)  右の契約解除が有効でないとしても、先に、甲第五号証の覚書成立後、当事者双方連署の上提出した農地法第三条の許可申請書による許可申請に対しては、昭和三六年一〇月二三日附で不許可の処分がなされている。その理由は、被控訴人が農業者として不適格というにあつた。

(2)  もつとも、この処分は、後日取り消されたが、それは、右処分前に、控訴人から売買契約取消の届出があつたことが判明したので、許可申請そのものの撤回と同視して取消の処置に出たに過ぎず、実質的に不許可とした判断を取り消したものではない。

(3)  よつて、本件契約の条件は成就しなかつたものというべきであるから、被控訴人の請求は理由がない。

(四)  (予備的主張の二)(1)  前記(二)(1) 後半において主張した経緯により被控訴人に送付された許可申請書を、被控訴人は、昭和四〇年六月三日恵庭町農業委員会に提出し、同年七月一四日右委員会から石狩支庁に送付されたが、これに対し、道知事は、同月二七日附で「申請農地を耕作の事業に供すると認められない」との理由で、不許可処分をなし、これは、同年八月五日控訴人に送達された。

(2)  よつて、本件農地売買契約は、条件不成就によつて失効したものであり、原判決添付目録第二の建物および同第三の物件についても、右農地売買の有効が前提となつているから、被控訴人の本件請求は、すべて失当である。

(五)  (第二(三)に対する認否)被控訴代理人主張の審査請求の事実は知らない。

第二被控訴代理人の陳述

(一)  (事実主張の訂正)原判決事実摘示中、「契約成立と同時に金三五万円……を支払い」とあるのを「……金三〇万円……」と訂正する。

(二)  (認否)第一(一)の自白の撤回には異議がある。第一(二)(1) ないし(3) のうち、控訴人からその主張のような催告がなされ、書面が送付されたこと、被控訴人が催告の日時・場所に出頭しなかつたことは認めるが、その余は否認。第一(三)(1) ないし(3) のうち、不許可処分の通知を受けたことは認めるが、その余は否認。

(三)  (第一(四)に対する抗弁)昭和四〇年七月二七日附道知事の本件農地譲渡不許可処分に対して、被控訴人は、同年九月三〇日農林大臣に行政不服審査請求をし、目下同省において審査中である。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  双方の主張中、当審における新主張以外の部分(右事実摘示において原判決を引用した部分)に対する当裁判所の判断は、原審の判断と同様であるから、原判決理由の記載をすべて引用する。(自白撤回の問題については、当審証人屋代寿治の証言により、代位弁済についての自白が事実に反することを認めうるが、錯誤に基づくことについての立証がなく、弁論の全趣旨に照らして、事実に反することから錯誤に基づくことを推認するのも妥当ではないと思料されるから、結局、右自白の撤回は、これを許さない。)

二  そこで、当審における新主張について判断することとし、まず、控訴人の第二の契約解除の主張について案ずるに、控訴人主張の催告および書面の到達ならびに被控訴人不出頭の事実については当事者間に争いがなく、その余の事実関係も、成立に争いない乙第七号証ないし第一一号証および当審における控訴本人の供述により、控訴人主張のとおり認めることができる。しかしながら、このような事実関係があつたからといつて、直ちに、農地法第三条の許可という条件の成就を妨げたとは言いえないことは、現に、後に判示するように、この再度の許可申請書すなわち前記控訴本人供述によつて成立を認めうる乙第六号証の一は、後日被控訴人名義欄も補充されて、農業委員会に提出され、この申請につき知事の処分がなされる段階にまで進んだことに徴しても明らかである。従つて、控訴人の契約解除は効力を生ずるに由なく、この主張は失当である。

三  進んで、控訴人の予備的主張の一について判断するに、この第一次の許可申請に対し不許可の処分がなされ、その通知があつたことについては当事者間に争いがなく、成立に争いない甲第一・二号証および乙第一号証、乙第一三・一七号証の各一ないし四ならびに当審証人水本熊次郎および佐々木正雄の証言を総合すれば、本件不許可処分は、控訴人からの申請取下が被控訴人との連名でなされていないから無効であるとの見解のもとに、実体に入つて判断し、農業委員会の報告等を参酌した上農業に精進する見込みがないとの理由で、なされたものであるが、その後農林省が見解を改めて単独の取下げも有効とするに至つたので、これに倣い、先の不許可処分を取り消すに至つたものであつたことが認定できる。しかしながら、一旦実体的な理由で判断をしたにせよ、後日その不許可処分自体が取り消されている以上、これを以て農地法第三条の許可の条件が不成就となつたものとは言えないから、控訴人のこの主張も失当である。

四  そこで、最後に、控訴人の予備的主張の二を判断する。成立に争いない乙第一八号証および前示乙第六号証の一によれば、前者は、後者に被控訴人名義欄の記載を補充し、必要な字句訂正をなした上提出された書類に基いて昭和四〇年七月二七日附で、道知事が不許可処分をなした書類と認めることができ、その他この点に関する控訴人主張は、被控訴人の明らかに争わぬところであるから、これを自白したものとみなす。すると、本件売買契約の条件となつていた農地法第三条の許可の点は、条件不成就となつたものといわなければならない。もつとも、原本の存在・成立について争いのない甲第二八号ないし第三〇号証によれば、被控訴人が右知事の処分に対し、昭和四〇年九月三〇日附で適法な行政不服審査の請求をなしたことが認められるが、およそ行政行為は、いわゆる公定力を有し、重大明白な瑕疵を有して無効である場合を除いては、違法であつても、これを有効として、これを基礎とする法律関係を判断すべきもので、審査請求をしたことがその妨げとなるものではない(行政不服審査法第三四条第一項参照)。従つて、かりに後日、右審査の結果として前記不許可処分が取り消された場合にも、改めて契約をなすは格別、本件契約の条件としては、前記不許可処分があつた以上、これを以て条件の不成就が確定したものと見るのが相当であつて、行政不服審査の手続に係属しているからといつて、この結論をくつがえすことはできない。

五  よつて、被控訴人の請求は、すべて失当として棄却すべきものであり、原判決中、被控訴人の請求を認容した部分は取り消すべきものである。訴訟費用については民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤淳吉 臼居直道 倉田卓次)

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